先日の日記で、ラオスが小奇麗だの人が親切だの書きましたが、だからと言ってベトナムが小汚くて不親切、というわけでは決してありません
辿ってきた歴史が違うので当然かもしれませんが、お隣の国なのにラオスにはタイの文化の香りが、ベトナム(特にハノイ)には中国の文化の香りがします。
そしてそれは否応なくそこで暮らす人々の考え方や生活様式にも影響しているように思います。長い年月をかけて培われた文化や習慣ですから、頭から否定するつもりもありません。
ただ、商売に対する感覚が日本人とまるで違うので、仕入れ先でぶつかる事も腹を立てることも多いです。
爪楊枝をくわえたまま応対する女の子、生ゴミをポイ捨てするお店のスタッフ、混雑する市場の細い通路で人を押しのけて前に出ようとする買い物客。こんな事も生理的に受付けません。
街路樹の美しい道、フランス統治時代の建物など、もっと手をかけて大切に使えば見違えるのに、と、残念に思うこともあります。
でも、背筋が伸びるような美しい時間や、秩序だった暮らし、縁のあった人を大切にする気持ちが確かにベトナムにはあって、ハッとさせられることもしばしばです。
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今回、初日の宿が取れていなかったので、急遽友人宅に泊めてもらうことになりました。到着したのは深夜。
本当は翌日の朝早くから買い付けに動く予定だったのですが、お昼ごはんに私の大好物「thit heo kho(豚の角煮)」を作ってくれると言うので、午前中は台所に居座って彼女のレシピを盗むことに決めました。
カラメルとヌクマムでいい色にそまっていく角煮とゆでたまご。おとなりのお鍋では、夕ご飯のフォー用にスープをとっています。
とてもいい風の入る中庭には、たくさんの新鮮なお野菜がアルミのたらいの中で水にさらされています。
今日食べるものを今日買う。だから冷蔵庫なんかには入れず、そこら中のたらいに美味しそうなお野菜や果物が入っています。
人が地に足をつけて暮らしている様子が、台所を見ただけで分かるのです。
ふたつのお鍋を火にかけたまま、友人は台所のテーブルで袋いっぱいの「さとうきび」を剥きはじめます。ちょっと喉が渇いたとき、甘いものが欲しくなったとき、家族がひょいとつまめるよう、手際よく一口サイズに切ってボウルに入れていきます。
彼女がここへ嫁いできた頃のはなし、娘の学校のはなし、物価のはなしなどをおしゃべりしながら、もちろん私も「さとうきび」を横からつまんでいきます。
家族のために朝から丁寧に準備される食事。昼間の空いた時間の他愛ないおしゃべり。台所にあるのは旦那さんの作ったテーブルや食器棚。子供は学校、お義母さんは老人会の集まりで外出中。
みんながそれぞれのすべき事を、毎日丁寧にこなしていく。
そんな単調だけれど揺るぎないものに囲まれると、気持ちが解き放たれる感じがします。
昼食時には青梗菜としいたけでサッと副菜も作ってくれ、美味しいお昼ご飯の始まりです。
おかずは全部ご飯のお茶碗にのっけて食べる。
この、アジアの”のっけご飯”ほど美味しいものはありません。
夕ご飯は半日かけてとったスープで作る「フォー・ガー」。厚かましくもこの日は夕食時にもお邪魔しました。
スープを取ったあとの鶏は細かく裂かれ、もやしや香草と一緒にたっぷり麺に乗せます。
家族の半分が近所の人の結婚式に出かけたため、この時、一緒に食卓に着いたのは4人。友人、近所に住む友人の甥っ子、友人の姪っ子の彼氏、そして私。
不思議な関係の4人。血のつながりはありませんが、縁あって同じ屋根の下で過ごし、食卓を囲んでいます。
「近くに来たならご飯食べてって」「宿がないなら泊まってって」
何の気負いもない大らかな空気。それは、紛れもなくホスピタリティそのもので、こういう時間の流れるベトナム、やっぱりいいなぁ、と思ってしまうのです。